2024年9月17日(火)~20日(金)、東京アメリカンクラブにて「アドバタイジングウィーク・アジア2024」が開催され、AI活用をテーマとしたプログラムに、Hakuhodo DY ONEの社員が登壇しました。
本ブログでは、当社社員が登壇したプログラム『博報堂DYグループにおけるAI活用の「3つの地平線」と「人間中心のAI」』の内容についてご紹介します。
Hakuhodo DY ONEで生成AIをどのように活用しているか、自社で開発した生成AIのクラウド環境「HAKUNEO ONE」や、Difyを活用したAIアプリ開発の挑戦などについてお話ししています。
※本記事は、博報堂DYグループの“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信の記事を転載する形で掲載しています。
<登壇者>
森 正弥
株式会社博報堂DYホールディングス
執行役員 Chief AI Officer、
Human-Centered AI Institute代表
石﨑 優
株式会社博報堂プロダクツ
執行役員 兼 Promotion X室 室長
宮田 風花
株式会社Hakuhodo DY ONE
パフォーマンスデザイン本部パフォーマンスデザイン局
パフォーマンス基盤部 部長 兼 技術統括本部 AdOps開発部
博報堂DYグループが考えるAI活用の「3つの地平線」
宮田:
はじめに森さんご自身が代表を務めるHuman-Centered AI Institute(HCAI Institute)についてご紹介いただけますでしょうか。
森:
HCAI Instituteは、生活者と社会に資する人間中心のAI技術の研究および実践を行うことを標榜し、4月1日に博報堂DYグループで立ち上げた研究開発組織です。AI技術の開発が進展する中、社会は生産性を上げるツールとしてその効果を得るということに限らず、本来的にはAIの進化に伴って人間のクリエイティビティもより先を行くべきなのではないかと考えています。AIと人間の創造性の掛け合わせが重要で、それを追求することこそが本来の“人間中心”というキーワードが意味するところなのではないか。人間のクリエイティビティの進化・拡張を通して生活者の社会を支える、そんなAI技術を追求する組織として活動を始めています。
「AIによって未来がどう変わるか」といったビジョンをつくり、先端研究を行っていくわけですが、「AIをどう活かすか」「それによって人間がどう伸びていくか」という命題はアカデミックな論点だけで語れるものではありません。具体的な実践の場での活用が非常に重要になってきますから、我々は博報堂DYグループのさまざまなテクノロジーチーム、AIチームのリーダーと一緒に、全社プロジェクトとしてHCAI Initiativeを推進しています。こちらは情報連携・ガバナンスをしていく分科会、ビジネスの結果を出していく分科会、効率化やBPRを進めていく分科会、インフラを整備していく分科会で構成されています。こうした取り組みを通し、情報連携とガバナンス、生産性を上げていくための内部のシステムの高度化、新しい価値の創出といった試みを全社的に行っています。
宮田:
ありがとうございます。では、本日のテーマである「3つの地平線(3 Horizons)」という視点についてもご説明いただけますか。
森:
図を見ていただきますと、縦軸はAIを使った成果、横軸はその難易度となっており、AI活用を考える際の3つの視点(地平線)を示しています。まずはこの3つを意識して、AI活用の全体像を描いてみること。博報堂DYグループでは、先述のHCAI Initiativeという全社プロジェクトに乗せながら、この3つの地平線で描かれる全体像、マッピングを意識しながらAI活用を推進しています。
各地平線について詳しくお話しすると、まずは「自社内でのAIの活用」があります。AIを使って業務を改善したり、事業内容をデータで可視化したり、それによって効率化を図るステージです。そのステージに取り組みつつ、次に着手する地平線は「顧客」です。取引先、顧客企業、そしてその先の生活者に対してバリューを出していく。そして3つ目のステージ、すなわち「自分たちのビジネスを取り巻くバリューチェーンの変革、あるいは新しいエコシステムの創造」です。これは非常に難易度が高いですが、成功した場合のパフォーマンスは非常に大きい。我々博報堂DYグループは、自社での活用、顧客に向けてのサービス、そしてエコシステムというこれら3つの地平線を睨みながら、ポートフォリオを整理しAI活用を進めています。
宮田:
1つめの地平線、「自社での取り組み」の事例として、Hakuhodo DY ONEでの取り組みをご紹介させていただきます。弊社では社員が安心して生成AIを活用できるセキュアなクラウド環境としてHAKUNEO ONEという環境を整備しています。また同時に、AI活用のリテラシー強化とガバナンス担保のための社内研修にも取り組んでいます。
AI技術の発展スピードは凄まじく、先週出来なかったことが、今週できるようになるといった具合でアップデートがなされています。技術的進化をキャッチアップしながら現場のニーズを汲み取り、開発に活かす…というサイクルは、必要ではあるもののエンジニアへの負荷が非常に高いです。またビジネスサイドも、最新の状況を踏まえながら解決したい課題を適切に言語化して開発サイドに要望を伝えることに難しさを感じていました。
そこで、これらを解決するために我々は先ほどご紹介したHAKUNEO ONEと並行して、Difyというノーコードツールを用いた非エンジニア、つまりは実務者によるアプリ開発に挑戦しているところです。
※参考:Difyとは(用語解説)
弊社では日々の広告運用業務から生まれるナレッジを社内の人材育成などに還元するといった取り組みを過去数年にわたって行ってまいりました。これまではナレッジを保有する社員がそのナレッジを資料にまとめ、勉強会等を通じて周囲にインストールしていく、というやり方で進めていました。それが昨今の技術の発展により、AIアプリに実装していくという新しい選択肢が生まれてきています。
実務者によるAIアプリの開発となると、事前の教育やルール整備が必要にはなりますが、元々社内のAIツールの利用率が高かったこともあり、ある程度の基礎知識を持つ人材であれば問題なく自分でアプリ開発できることが、トライアルを行った結果わかってきました。現在は、社内環境の構築や既存ツールへの実装などといったより専門的な開発は専門知識を持つエンジニアが行い、スピード感を持った小回りの利くAIアプリの開発は実務者が行う、というすみわけをしながら社内でのAI活用を進めています。
実務者が開発したAIアプリの具体事例として、SNS投稿文を生成できるアプリがあります。広告主の名前や参考になるURLを入れると、SNSで高い広告パフォーマンスを得られそうな投稿テキストを自動的に生成してくれます。商品そのものを分析してペルソナを作成し、そのペルソナがリアクションしてくれそうな広告を作成しています。さらには、一度作成した広告を再度分析したり、類似表現がないかといったチェックもやってくれます。この投稿文生成アプリでは、情報入力から2分とかからずにパフォーマンスの高い投稿文が作成されます。こうした現場のナレッジを実装したAIアプリの開発がさまざまな部署で進められています。
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「得意先もユーザーも安心して参加できるAI」を活用した共創プロジェクト
宮田:
2つ目の地平線である「顧客」へ提供したAI活用事例については、石﨑さんからお願いします。
石﨑:
昨年ChatGPTが出てきてから、AIに関するお問い合わせを多くいただいています。AI生成画像を使ったバナーを作るとか、RAGを組み込んだチャット対応チャットボットを作成するとか、芸能人の人格を与えた擬人化チャットボットを組んでみるなど、ここ1年半の間でも多くの事例が生まれましたが、そんな中でも少し特殊な、Honda DREAM LOOP AIというユーザー参加型のクリエイティブ生成AIキャンペーン事例をご紹介したいと思います。ユーザーがテキストを打ち込むだけで、AIが“夢のモビリティ”の、設計図を生成するというものですが、夢のある企画だと、Japan Mobility Show 2023でも非常に話題となりました。
生成された設計図がJMS会場のLED画面に投影されるほか、カードとして持ち帰ることもできるといった体験コンテンツで、「移動式サウナでいつでも整いたい」や「大きな翼で空を飛びたい」など、ユーザーの自由なアイデアを元に生成されたプロダクトの設計図で非常に盛り上がり、12日間の開催で3万人に体験していただけました。
実はユーザーが「寝ながら移動できる車」と打つだけだと、それらしき設計図を出すことは非常に難しいのですが、ユーザーがプロンプトを入力しやすいようなUI設計にこだわりました。またこうした企画で重要なのがリスクのコントロールです。競合の車名をインプットするなどといったケースも想定し、検閲機構を導入し対策をとりました。結果的にユーザーも得意先も安心できるユーザー参加型のコンテンツとなり、ユーザーのアイデアの一部をHondaのデザイナーが具現化するという、派生型プロジェクトも動いています。生成AIをハブに生活者と企業が共創したコンテンツ事例になりました。
森:
ブランドや企業側が投げかけた企画に生活者が答える。それを受けてさらにブランドや企業が新しいアイデアを出すというインタラクションが生まれるのが、生成AIの面白さですね。
AIを活用した総合プラットフォームの提供で第三の地平を切り開く
森:
3つ目の地平線、「エコシステム創造」についてお話します。顧客企業もパートナー企業も含めていかにエコシステムを作っていくかという難しいですが一番大事なテーマになります。
我々は「バーチャル生活者調査」というソリューションを持っていますが、これは、博報堂DYグループが保有する独自の大規模生活者調査データやデスクリサーチをベースにしたプロフィール、価値観/意識、生活行動・消費行動などの数百の情報を生成AIに読み込ませ、それぞれが異なる性格や価値観を備えた「多様なバーチャル生活者」を生成しています。
たとえば、ある商品をマーケットに出したいというとき、対象セグメントの方にデプスインタビューをする前に、我々のサービス上で多様なバーチャル生活者にヒアリングできます。「こういう商品はどうか」「こういう企画をどう思うか」などと聞くとレスポンスをしてくれるので、それを踏まえて企画をアップデートしていけます。多様ペルソナ同士のディスカッションや意見交換も可能で、そこから、生活者が何を欲していて、どういうサービスを期待しているかなどを導き出せます。
こうしたサービスをプラットフォームとして提供することで、全体のエコシステムへの貢献もできるのではないかと考えています。具体的には、本日我々がお話したような事例を全て盛り込んだビジョン、「CREATIVITY ENGINE BLOOM(クリエイティビティエンジンブルーム)」のビジョンを6月に発表しました。どうマーケティングと市場を作るか、どうメディアをプランニングしていくか、クリエイティブをどうつくるか、そして顧客とのエンゲージメントをどう作っていくか…という各モジュールを、我々のAIテクノロジーを集約してご提供していきます。単に自社内やプロジェクトごとのAI活用ではなく、総合的なAIのサービスをお得意先の皆様に提供できるというプラットフォームです。それが我々の取り組む3番目の地平ということになります。
個別目的でカスタマイズされたAIが分散化していく世界へ
宮田:
ここからはディスカッションになります。まず、「ビッグテックによる中央集権化がより加速化するなか、日本企業はどう立ち振舞うべきか?」というちょっと答えにくいテーマについて、皆さん、いかがでしょうか?なかなか答えにくいテーマかもしれませんが。
森:
新しいAIモデル「o1」は確率統計がベースになっていた今までの生成AIとはまったく異なる仕組みで、ビッグテックの開発力を実感しました。一方で、生成AIにタスクを解かせるにはパラメーター数が重要とは限らないということもわかってきているそうです。GPT4のパラメーターは兆を超えるといわれるが、実は数十億ぐらいのパラメーターでも、業務にとって必要となるタスクは解けるといったこともわかりつつあります。世界の大規模な生成AIは僕たちに新しい世界を見せるという役割を果たしましたが、これからは日本企業がユースケースを深く理解し、解くべき課題を峻別して動いていくということが重要なのではないかと思います。
石﨑:
GTP3.5が出たとき、世界中の人が「OpenAIが世界を支配するのでは」と思うほどのインパクトがありました。でも1年半経ってみると、LLMはたくさん出てくるし、どんどんレコードが更新されている。意外とこの領域は分散化するというのが今の印象です。ですので絶対的存在みたいなAIができるというよりは、それぞれ個別目的でカスタマイズしたAIをうまく組み合わせ、目的に応じて使っていくという世界観になりそうだなと見ています。
宮田:
続いて「クリエイターとAIが共存・共栄するために必要なことは?」についてはいかがですか。
石﨑:
たとえば昔はフィルムのカメラで撮って暗室で現像していたものが、デジタルカメラになってPhotoshopで簡単にレタッチできるような世界になりましたよね。そういう制作プロセスの革命はこれまでもずっと起きてきたわけで、その都度求められるスキルセットは変わってきましたが、クリエイターは常に必要とされてきました。クリエイターにとっては、これまで学んだことの一部を捨てて、新しい技術を学ばなくてはならない場面が出てきています。けれどそれはこれまでと同様に、新しい制作の手法が出てきたと捉え、使いこなしていってほしいですね。もちろん権利侵害の対策およびガイドラインを設定していく必要があるかなと思いますが。
森:
AIの進化がすごいので、つい「これをどう使うか」の話になりがちですが、大切なのは、AIに「それじゃ駄目だよ」って言うことだと思うんです。AIがあるから自分がやりたいことが増える、AIがあるから自分のアイデアが広がる、いろんな人とコラボレーションできる…そういう場を実現していくためには、デザイナーやクリエイター自身がもっとAIに「これじゃ駄目だよ」といってリクエストしていく必要があります。それによって初めて、AIを作ってる人たちも気づきを得て、改善されていく。
生成AIのつくり手たちは、「プロンプトを入れるとアウトプットが出てくる、素晴らしいじゃないですか」と言うでしょう。確かに今までにないものが実現できていてとてつもなく素晴らしいですが、そこにクリエイティブディレクターを連れていって、「今のAIはこんなこともできない」「自分のクリエイティビティを刺激してくれない」という課題や要望を話すことで、コンピュータサイエンティストがものすごい目覚めることもあると思うんです。
宮田:
ありがとうございます。では最後に一言ずつお願いします。
森:
AIの進化は本当に凄まじいですが、それはコンピューターサイエンスの世界の方々がつくる世界であって、クリエイターやデザイナー、あるいは広告の世界の人が作っている世界ではまだない。そういう視点で見てみると、足りないものがものすごくあるんですよね。そこをリクエストし、対話を続けることが大事だと思います。コンピューターサイエンスの人が気づいていない部分を、AIとクリエイターの協働で実現していくことが大切だと思います。
石﨑:
僕自身はエンジニアではないんですが、AIの推進担当としてChatGPTなどに触れる中でその面白さを感じてきました。本当に好奇心が刺激されまくる時代になったと思います。好奇心を持って触ってみるとそれがまた新しい可能性に繋がる、人の好奇心が試されるようなフェイズだと思います。皆さんも好奇心を持って、出てくる技術はくまなく使うというスタンスで臨んでみてはいかがでしょうか。
宮田:
ありがとうございます。本日は以上となります。ご清聴ありがとうございました!
※本記事は博報堂DYグループの“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信の記事を転載する形で掲載しています。
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